うみさまより。

考えたこととか、感じたこととか、性行為への情熱を残したい。 技術ブログ:http://qiita.com/umisama

僕と牛丼の半生

この記事は「牛丼Advent Calendar2014」の記念すべき1日目のエントリです。
Adventarで立ち上げた時は勢いでやってしまいましたが、夜になって"何やってるんだ俺"と虚しくなり初日からサボりました。
前途多難ですので、是非、あなたも書いてください。

今回は、僕と牛丼のコレまでの関係について語ります。

中学時代

僕の姫路の実家は田んぼと畑のド真ん中に立っていてあれなんですが、近所で安くタムロできるのは「マクドナルド」「王将」「吉野家」の3つくらいでした。
しかし中学生はカネが無い、吉野家では160円払えば「ご飯の並盛」「味噌汁」と紅しょうがでひと揃いの飯ができます。僕が店員なら蹴り飛ばしていたでしょうが、親切にも毎回、提供してくれました。吉野家の店員さんは大人ですね。

・・・あれ、牛丼関係無いな

アルバイトの始まり

高専1年の頃、僕は自転車競技にドハマりしておりまして、毎週レースや練習やで山や谷やへお出かけしていました。マウンテンバイクにはインターハイが無いので実業団みたいな(Jシリーズという)レースに出ていて、近畿地方はもちろん四国や北陸・信越にも行きました。
当然、移動・宿泊・飯・機材でお金がかかるわけです。そこで、月5000円の小遣いを全額自転車ばかりに投資していましたが、当時好きだった女の子に「お金の使い方考えたほうが良いよ」と衝撃的なことを言われ、アルバイトを決意します。というわけで、近所で一番時給の良かった吉野家の面接を突破しました。

今思えば、どうして「ご飯と味噌汁を単品注文していた変な少年」を採用する気になったか理解できませんね。人不足も相当、深刻だったのでしょう。

・・・ここも牛丼関係ないな。

吉野家アルバイター時代

吉野家のアルバイトは結局、5年間やりました。吉野家はわりと人使いが荒く、とは言え楽しく、よいアルバイト経験だったと思っています。

アルバイトを通して、吉野家が持っている効率的な店舗システムに感動しました。可能な限り低い労力で、店舗を清潔に保ち・素早く提供し・そして旨いものを出すための緻密なノウハウがある。で、それが店舗スタッフみんなに共有されていて、全体がチームとして効果的に動けるようになっている。いま考えると当たり前なのかなと思わないでもないですが、当時は感激しました。

牛丼に関係のある話をします。吉野家にはまかない制度があり、店員は牛丼の並盛りが1杯110円で食べられます。そのため、この時期に相当数の牛丼を食べました。僕が今、牛丼の味に慣れているのはどう考えてもこの時代に食いまくったからです。
あと、吉野家の牛丼の材料やカロリーなどのスペックに異常に詳しいのも、この時期に接客用に暗記したからです。

社会人になってから

社会人になって東京に出てきてからは、オフィスも家も牛丼屋へのアクセスが微妙だったこともあって足が離れていました。大都会ではランチの選択肢も広いわけでして、わざわざ牛丼を選択することを忘れてた感じ。
ですがオフィスが九段下になってから、街がお上品になってしまいました。労働に向けてガッツリ飯をくいたいのに飯屋が無い、そういうわけで、全国どこでも24時間、ガッツリ食える牛丼が再評価されてきています。

まとめ

初日から遅れているし、25日間もコレを続けられる気がしない。

結論

続けられるわけねーだろ(アドベントカレンダーを消しながら)